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ぐだぐだ日記としか、、、

9月9日(日)親への思い 旅立ちの時

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 これもまた、友だちと話をしていて気がついたことで、親に対して自分がどう思っているかだ。
 私の場合は、基本的に「申しわけなく思っている」と、同時に、つゆほどもそんな態度は親の前でとらないという複雑な心情をたどっている。
 こういうめんどうな言動不一致的な生き方をしているから、「親子の和解」なんていう映画のシーンで必要以上に号泣してしまうのだろう。
 と、冷ややかに自分を分析している。

 友だちにこの話をしたら、えらく驚いていた。
 その友だちは、結婚して子どもがいて、親と同居しているのだが、もう本当に親とは態度も心も反発して、裏表ないらしい。
 私も態度や言動的には常に「親になに言われても聞いちゃいねえ」的な感じなので、この私の内心を知った友だちが、「意外だわ」ということになる。
 これは、たぶん私と友人がどちらも「目的指向」が強く、そこで意気投合している部分があるのだが、多分、そこに至る経緯が違っている。
 友人である、彼は親に反抗して、自立を勝ち取った。
 私の場合は、親に自由に育てられて、自由にな仕上がりになったということだ。
 私は子どもの頃、親に何かを強制されたこともなければ、むしろ親になんでもやらせてもらえる環境にあった。
 ただ、才能が追いついてないだけで、割と好き勝手にやらせてもらってきた。
 その自由奔放な教育の結果、自由な感じの思考回路が形成され、再構築され、公務員なんかやってられるか!という思考になっていくのだが、これが仕事だけでなく、お見合いを蹴ったり、なんというか、そういう感じなってしまったのだ。
 私としては、この世の世知辛い場面に出くわすたびに、うちの両親がいかに私をかわいがって愛情深く育ててくれたか、感涙にむせび泣きそうになるのだが、大人になってからの急に「ちゃんとした仕事について、無難に結婚しろ」」という意見には組みすることができない。
 まじで、ごめん。なのである。

 それとこれとは違うというか。

 もう、徹底的に「NOという日本人なのである」
 でも、心の奥底では、泣いているのである。
 なぜなら、親には感謝しきれないくらい感謝しているから、本当は親が望むような「そつなく結婚し、そつなく公務員としてはたらく」女性になってあげられたら、と思う。

 だが、そんな人生を歩むくらいなら、私は首をくくってまじで、、ぐらいの気持ちなのである。
 だから、わかってはいる。
 こういうことはもうお互いの為にやめたほうがいいのだ。
 
 私は親と一緒にいるかぎり、親のことを気にしてしまうし、本当のところで決断ができない。
 親に遠慮してしまうからだ。
 親に心配をかけたくないと思うからだ。
 そのくせ、心の本当の底では、親の言いなりになる気はこれっぽっちもない。
 
 
 友人は私を「優しい」といったけれど、私は違うとわかっている。
 多分、私は勇気がないのだ。
 今まで、自分の味方をして守ってくれていた親に本当に「ひとりでやれるから」と言うのが怖いのだ。
 でも、たぶん、もうそれができる最後な気がする。
 
 幸せで、幸せすぎる時間は多分、終わりに近づいていて、私は今こそ本当の旅に出るべきなんだと思う。
 その決意として、今日がスタートラインとしよう。

 本当に私が自立できたら、きっと親に反抗せずに内心の思いを言えると思う。
 今はまだ、言えないから。
 そのことは悔しくて情けない。