NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

9月9日(日)マインドを高く保て

f:id:hagananae:20180909141517j:image

 政治の世界には、一般質問、 答弁というものがある。
 法律の世界には立論、反対弁論がある。
 と、これは公のはなし。
 しかし、何かをしたいとき、したくないときに、周囲を説得させる論理的技術は個人レベルでも必須だ。

 でも、と思う。
 論理で人は納得はしない。
 説得はされても、腑に落ちなければ、人は納得はしない。
 むしろ、感情で納得していないのに、やりこめられれば、相手のことを憎むようになり、逆効果だ。

f:id:hagananae:20180909141538j:image
 
 今回のテーマは、一言でいうと、論よりマインドということだ。
 昔、尊敬する行政マンの上司がこんなことを言っていた。
 「新しいことをしないから、議会に責められる(攻められる)」
 
 当時は、何を言われているのかわからなかった。

 でも、今は自分がその立場に近づき、少し理解できるようになった。

 反対派というのは、現状維持という恐るべき巨大な基盤を縦にネガティブで、重箱の隅をつつく反対尋問をしてくる。
 しかし、本当にある人間がやるべきことを心得ていて、覚悟ができていて、論理を整え、その論理を人の心に響くように情熱という唯一人の心を動かせる熱い「思い」でコーティングしていれば、反対派を覆すことができる、かもしれないと思う。

 もちろん、抵抗勢力というの既得権益の保持者であって、その壁は高いかもしれない。
 けれど、結局人は論理や既得権益にいつまでも縛られてはいないのではないかと思う。

 とはいえ、これは印象であって、私が現実世界で、大勢の既得権益者に向かって、改革を叫ばなくてはならないからこう思ったというわけではない。
 なんというか、マインドだよなあ、と思うのである。
 
 うまく言えないのだが、普段の生活をしていて、大きくて公的なことで言えば、上のような話なのだ。
 つまり、何か新規プロジェクトの障害をはねのけたいのなら、強いマインドを持つことで、それは情熱とも言い換えられる。
 で、個人で言えば、それは、「自分のやるべきこと、やりたいことに精神を集中させる」ということではないかと思うのだ。

f:id:hagananae:20180909141607j:image
 
 なぜこんな話題になったかというと、個人レベルでも人生の障害というのは日々、津波のように押し寄せてくるものだからだ。
 それは、ネットの情報から隣の同僚の態度や組織の決定や会議に至るどころか、自分が自ら選ぶ旅行先にも反映され、飲み会の選択にもすべて影響がでる。
 平たくいうと、現状維持やネガティブなことを考えていると、その波長と同じものを持ったヒト・モノ・カネの障害が押し寄せてくるのだ。
 
 8月はそれに翻弄されてしまった。
 同じ話を違う角度からしていることになるが、先月はある出来事で、かなり自分のペースが乱された。
 
 今まで遭遇したことのないタイプの人間との関係でトラブルの深みにはまり、そこからもがき脱出するのに、たくさんの人間とイベントにその毒気をまき散らしてしまった。
 私に耐性がなかったせいで、そのトラブルに遭遇し、私のマインドはネガティブなスパイラルに突入し、私の思考と細胞はある毒素を得た。
 その毒素にやられている間は、とにかく親しい関係で、今までないようなつまらないスレッドを立て、延々とつまらない話をし、自己嫌悪になっていた。
 
 今になって気がつくのは、マインドの問題だ。
 小さな世界の小さな価値観の中で、自分を充実させようとしていたから、小さな世界でもがくはめになった。
 けれど、そんな狭い世界、気にすることはなかったのだ。

f:id:hagananae:20180909141716j:image
 
 なんというか、すごくうまい言い方が見つからないのだけれど、変な人間関係に巻き込まれると、その後の人間関係もおかしくなってしまうということだ。
 もっとも、巻き込まれるということが異常事態で、つまりそこに私のマインドの「隙」があったのだ。
 私に、もっと前向きで壮大な未来を見つめるマインド(心)があれば、そもそも「そんなつまらない人間関係」に巻き込まれることはなかった。

 なんというか、いつもとは違う事態になったときに、ふとそんなことを気づくきっかけになったのが、かつて上司が言っていたことだ。
 「新しいことをしていれば、外野の攻撃力はさがる」
 「現場維持で何もしようとしていないから、議員は猛攻をしかけてくる」とは、地方議会の話。
 もちろん、国政は違うかもしれない。
 けれど、マインドとアクションと結果が緊密な個人と地方行政では、なによりマインドを高く保つことが、つまらないネガティブ事象につかまらない唯一にして最大の防御のような気がするし、それは個人でも同じのような気がする。

 最近いろいろな場所でいろいろな人間に出会うのだが、現場維持を続けているタイプの人は、話題が暗く狭く、早い話がつまらない。
つまらないけれど、なんとなくこちらの話はとてもする気にならない。
 長時間、一緒にいると負のオーラが感染する。
 仕事上でどうしてもつきあわなければならないのだが、やっぱり一緒にると、どうして私は「らしく」なれない。
 かと言って、共通の話題もないので、相手に合わせてしまうのだけど、結局話題は上司や先輩の変な噂話になる。
 なぜなら、仕事でもプライベートでも前向きに挑戦を続けていない人は、結局、新しいプロジェクトのプの字もないのだから、仕方ない。

 結論。
 潮時笑