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ぐだぐだ日記としか、、、

9月9日(日)人間関係のトラブルはいい兆候?

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 疲れる(笑)
 ほんとうに、疲れる。
 ちょっと前なら、週末は半日眠り続けて、お昼に起きればすっきりしたのに、昨日は丸一日寝てしまった。
 なんていうか、疲れている(笑)
 考えてみた結果、人間関係なんじゃないかと思った。

 私の場合、人間関係のトラブル、たとえばいじめとか、パワハラとかストーカーに遭遇する頻度は極小だと思う。
 「遭遇していても、気がついていない説」というのも、あり得るのだが、食欲もなくなるくらいの人間関係のトラブルは自覚的にカウントしても二年に一度くらいだと思う。
 
 でも、それがここのところ多い。

 いわゆる、直接私に降りかかるタイプのものではなくて、私の知り合い同士のトラブルだったりする。
 私は今年に入ってから、急に「友だち」がほしくなって、このブログでもさんざんスレッドをたてていることなのだけれど、今回もこの「友だち」関係の話題だ。
 ここのところ、私の「友だち」たちの関係がごたごたしている。
 私自身はごたごたしていないのだが、「もうつきまとわれて困ってます」「奴とは縁を切ったから、俺は君があいつといるところでは会えない」とかそういう話が私に持ち込まれるのだ。
 前者が相談、後者は報告だ。
 以前の私ならば、こんな話題にさえ足を踏み入れるどころか、入り口さえも世界のどこに存在するのよ?と言った感じだったが、今は違う。
 この手のいわゆる、「緊急ではないけれど、シナリオ的にちょっとごたごた」という朝ドラで多様される程度のトラブルは今や、私自身が関わるものとなった。
 それもそのはずで、私が人間関係を広げようと思ったことから生じた結果がこの「シナリオ的に犬も食わないありがちな人間関係トラブル」なのだ。

 今週。
 このトラブルの連続処理に、なんとなく疲れたのだ。
 片方の相談は前回ブログ「友だちがいない後輩」に詳しいのだが、私が作ったコミュニティ内で起きたトラブルだ。
 数人の後輩を互いに「つなげよう」と思って始めたことだったが、私が全員と仲良くやれても、私以外の全員が仲良くなれるとは限らなかった。

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 トラブルの原因は「仲良く」なったらいいな、を一部の人間しか思っていなかったことだ。
 いや、正確に言うと、飲み会をした結果、「こいつとは合わない」が全会一致である人間に集中したことにある。
 こうして、ある人間以外、全員の間に「あいつとは友だちになりたくない」が共有化された結果、物語がスタートする。
 テーマは「空気の読めない片思い」である。

 一人をのぞく全員が「奴とは友だちになりたくない」
 残りの一人はその逆というわけだ。
 こんなことは日常茶飯事で、はっきり言って「片思い、告白、失恋、別離」のフローで事なきを得て終了するものだが、そのコミュニティの基盤が職場だった。笑

 いやな奴がいる。しかし、職場では普通にコミュニケーションをとりたい。とるべきだ。しかし、プライベートでは絶縁したいという例のやつである。

 なんか、先輩として罪なことをしたなあ、という感じなのだ。
 
 なんとか、その「友だちのいない」先輩との食後ならぬ職後の飲み会を避けようと、後輩たちは逃げ切ろうとするのだが、「空気の読めない」後輩はそれを追いかけるという形。

 そうして、「先輩、助けてください」というラインが、研修中の私の携帯に入ってくる始末。
 後輩はもう何度も繰り返された猛攻をその都度逃げ切っているのだが、今回は逃げきれないと思ったのか、私にメールをしてくる。
 私は考えた末、別枠で飲み会を設定して、その「友だちのいない後輩」を回収するしかないか、とまで考える。
 なんだか、姑息な結束で、自分でも笑ってしまうのだが、女同士ではこういうことはあるあるなのかもしれない。

 結局、後輩たちは今回も「予定あり」を連発することで、乗り切ったようなのだが、なんだか私は陰でこそこそするこの手の隠密行動が性に合わず、どうにもストレスがたまる。
 かと言って、「空気の読めない後輩」に、「嫌がってんだろうが」と真っ向勝負を挑む利点も考えられず、ひたすらびくびく隠密行動なのだ 

 もう一つのトラブルは、知り合いからの絶縁報告だ。その知り合いとは、ある飲み会で知り合ったのだが、そこの主催者と私の知り合いが最近、縁を切ったというのだ。
 まったく穏やかではない話題である。
 その主催者の方は昔から黒い噂があり、彼もついにもうほとほと愛想がつきたというのだ。こちらの案件のほうが重い話題なのだが、

 結論。
 人間関係が広がると、その分、めんどうなことも増える。
 心労は大げさだけれど、心配が増える。

 
 とはいえ、トラブルこそ、友だちができる要因なんだということもできる。
 結束ではないけれど、はじめに広くした交友関係は、やがて気の合う者同士の強い連帯に収束していく。その課程では、共通の敵もできるのも当然だ。
 それこそ、価値観のあうあわないでもある。
 今まで、私は常に一対一のつきあいをしてきており、自分が気に入った友人としかつきあってこなかった。
 それを、コミュニティのような形に広げると、その中では気の合う、あわないも当然でてくる。
 けれど、それは互いに新しい友人ができるときの軽い税金のようなもので、それほど深刻になることもないのかもしれない。
 ただ広げていくのではなく、合わないと思ったときには、合う友だちもいるもので、トラブルを怖がっていては、やっぱり広がって行かないのものなのだと思って、観念することにする。
 反省したことは、やっぱり職場でむりにコミュニティをつくるとメリットよりデメリットのほうが多いのかなということ。笑
 みなさんのところは、どうなんでしょうか。

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