NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

9月2日(日)友だちがいない後輩

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 職場で「私、友だちいないんで」とキラーフレーズのように繰り返す後輩がいる。
 で、私は「そりゃ、いないだろうね。わかるよ」という言葉を飲み込んむ。
 つまり、あれだ。
 映画の脚本講座の二回目で登場する、「言外の意味」というやつだ。
 彼女が「友だちがいない」と言ったことは、事実、真実、組織中の過半数が賛成票を入れる正当な理由があるとしてもだ、彼女が言ってもらいたいことは「そんなことないよ〜」という否定なのだ。

 なんというか、ここにはすごい圧力があり、割と辛辣なことを平気で言ってしまう私でさえ、
「ああ、そうだな。君、友だちおらんよな。みんなそう思ってるよ。正しい認識だ」とは、言えない。

 それほど、それが真実というのもあるが、基本的に「彼女のことなどどうでもいい」と思っているからだ。

 職場の後輩それ以上でも以下でもない、あまり性格のよくない人間にこれ以上関わるはよそう、と至極まともで大人な反応してしまう。

 それに、もうひとつ重要なことがある。
 本当におろかな人間に対して「アホ」と言えない状況に似ている。
 というか、そのものだ。

 ここのところ、そんなことがあり、友だちができる、できないというのはなんだろう、と考えてみた。

 友だちというのは、定義をはじめるとめんどくさいが、要するにプライベートでごはんが食べたいと思うか、思わないかだと思う。

 友だちの定義はこれで十分じゃないだろうか。

 で、なぜか私は彼女をいつのまにか食事に誘わなくなった。
 なぜなら、彼女との会話はすべてにおいて、発言された言葉の裏読みを必要とするからだ。
 要するにめんどくさい。

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 だいたいは、自分のことを「だめなんです」というネガティブ発言をして、それがその通りだとしても、「そうじゃないよ〜」とごまかして、さっさととんずらしたくなるからだ。
 だって、真実なのに否定してご機嫌伺いなんて、なんでお金もいただいてないのに、しなくちゃいけないんですか笑。

 で、私はまだ先輩なので彼女の発言をいちいち拾わず、キラーパスとも思わず、適当に返して掘り下げないのだが、彼女の後輩なんかは大変だ。
 気を使って彼女の投げるコートぎりぎりの打ち込みを走り回ってなんとか回収している。
 ま、その横で私が回収するのがめんどくさいからそういう事態になったともいえるのだが、とにかく、
 彼女に疲れて周囲の後輩が疲れて、私に泣きつきにくる事態になったのが、先月だ。

 私は、あまり友人関係でトラブルに巻き込まれたことがないので、いわゆる困ったちゃんがいることにこの年にしてはじめて気がついた。

 それは、私も実際にあやうくめんどうに巻き込まれそうになったことかで開眼した。
 それはある日彼女が何かの会話の弾みで「うちにご飯たべに来ませんか」と言ったからだ。
 私は耳を疑った。

 いやいや、絶対やですけど。
 もちろん、口に出しては言わないが、
 このとき本当に心臓がぎゅっと掴まれたような気がしたものだ。
 それは恐怖に似ていた。
 それは、たいしして親しくもないと私が感じているにも関わらず、その空気を強引に切り裂いてそんな「プライベートごはん」を誘ってきた彼女の狂った嗅覚を目の当たりにしたからだ。

 

 なんというか、まじで空気が読めないにもほどがあるのである。
 私が、君と? ご飯? 君の家で?
 ないでしょう。。いやいや、全然仲良くないよね?
 だって、私、君のこと病気だと思ってるけど、病気って言えないでいるんだよ。
 あのー、めっちゃ、気を使ってるんですけど、常にあなたとの会話で私うそついてるんですけど。
 と、これは心の声。

 まあ、そういうわけで、私は彼女から同じ被害を受けている後輩たちと、時間差で「被害者の会」を結成することになったわけだ。
 後輩も同じように、彼女とつきあうのに先輩の私以上に「気を使って」いるわけで、そういう状態をわざわざプライベートご飯にまで持ち込むのは罰ゲーム意外のなにものでもないと判断したわけだ。
 まったく冷たい奴らである(おまえが言うな)

 で、後輩たちは被害をこれ以上拡大させないだめ、複数回にわたり「予定あり」というキラーフレーズで対応しているらしい。

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 で、結論

 なぜ我々は彼女を同僚、先輩という職場の関係を越えて「友だち」に昇格させないのか。

 なぜ、被害者の会を結成した後輩たちと私は、よくラーメンや回転寿司や、フレンチやイタリアンにいく「若手の会(りゃくしてワカイ和解)」のライングループを作っていても彼女を誘うわないのか。

 解答。
 それは彼女がいわゆる承認欲求が高すぎる人間だから。

 彼女はとにかく、他人に興味はない。
 彼女の発言は、すべて「自分を見て、自分に反応して」に還元できてしまう。
 そもそも交友関係は、本来相手に対する興味、そして関心、尊敬が生まれてはじめて「友だち」になるものだ。
 彼女にはそれがなく、常に自分の話だ。
 それだけならいいが、彼女自身気がついてないようなのだが、そのやり方がネガティブ自己否定なのだ。
 
 ここにからくりがあり、彼女はあからさまに「自分が頭がいい、できる、美人だ」とは言わない。
 むしろ、その逆の発言をするのだが、察しがよければ、「彼女がつゆほどもそう思ってない」ことは明白だ。
 なぜなら、「いや、まじでおまえあほな」
 と、笑って言えない圧力があるのだ。
 そして、そもそも彼女に対するアホ発言して、和むような信頼関係は構築未満だ。

 だから聞いてる周囲は、どうしてもフォローしなくてはならなくなる。

 まあ、彼女の高すぎる承認欲求の原因については、
 幼い頃になんかあったのだろう、と推察するしかないのだが、とにかく「認めてほしい」気持ちがにじみ出ているのだ。

 これじゃ、いい大人はみな逃げてゆくのである。
 彼女は、自己否定という手段をつかって自己肯定をひたすら他人に求めている。

 つまるところ、彼女のそのねじれた言葉のテクニカルな意味を読みとれない人間は彼女とはつき合えないし、(彼女が自分の真に意味するところを読みとれない人間に対して辛辣な否定をするため)
読みとれた人間はめんどくさくて彼女とはつき合えないということになる。

 結論2
 反面教師。
 友だちをつくるには、相手に関心をもつこと。

 もちろんプライベートで無理矢理相手に関心を持つ必要はないのだけれど、たとえば仕事や地域やそういうオフィシャルで否応なく他者と信頼関係を結ぶような空間では、相手への関心は大事だと思う。

 相手がどういう心理レベルで、成長レベルで、どんな価値観をもっているのか、いないのか、何に志をかけているのかかけていないのか、それを「知ろう」と努力することは、まず人間関係の第一歩な気がする。

 今年になって、交友関係を広げよう、そう思ってあちこちに顔を出しているのだけど、決まって一番興味がわいた人と仲良くなり、連絡先を交換できるようになった。
 今、それがとても急ピッチで進んでいて、週に十人近く友だちができている。
 ある意味ですべて私のほうからアプローチをしているのだけど、それにみな応えてくれているので、思い切ってよかった〜と思うのである。
 むしろ、人はかまわれるのを待ってるのかもしれない。
 
 で、それは逆に言うと、私がそれまでずっと他人に関心を持っていなかったことを意味する。
 それを後悔しているわけではなくて、私は今までずっと私自身だけを相手にしてきたようだ。
 読書や旅や仕事を通じて、自分というものをひたすら追いかけてきた。
 自分が何に興味があるのか。
 何に心を惹かれるのか。
 何に怒りを持つのか。
 何を守りたいを思うのか。

 それがわかりかけて、今、やっと外部の世界に関心が持てるようになった。
 自分自身から脱出するのに、私は36年かかりり、友だちのいない件の彼女はまだ29歳だ。

 私に比べたら全然、余裕である。

 だから、彼女はとことんやってみるといいと思う。
 孤独にさいなまれ、周囲に友だちがいないと思えたら、それが変わるチャンスだ。

 私はだから自分が歩いた道を思い、彼女を黙って見ていようと思う。
 もし、助けを求めてきたら、そのときは腹を割ってはなそうと思う。
 そうなる日がくれば、いいのにと心の底から思う。

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