NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

8月26日(日)罪と懺悔

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 時々、他人事のように、もの書きは因果だなあと思うことがある。
 それは、まさに自分のことで、こんなふうに他人を評価するように言ってる場合ではないのだけれど、そういう突き放したものの見方も含めて、因果だと思う。

 言い換えると、それは呪いにも似ている。
 いつの頃からか、私の頭の中には「罪を償いたい」と切実に望む何人かのパターンが生まれていた。
 それぞれに、過去に殺人に近いことを行っており、当時はそれが正しいと思っていた。
 若いこともあったし、自分の正当性を信じ、正当防衛だと思っていた。 時がたち、それがとんでもない過ちだと気がついたとき、すでに償うべき相手はこの世のおらず、罪の意識におののき、苦しみつづける。
 これは、いくつかのパターンがあり、それぞれ罪の意識は持ちつつ、その懺悔の仕方が異なっている。
 ある者は人助けをしようとし、ある者は、職務を全うしないことにより、社会から阻害され、本当に罪人扱いされている。

 私が思うのは、罪は償えるのだろうか、ということだ。
 死んだものは生き返らない。
 だからこそ、許しを得ることは難しい。
 代わりに、誰かを助けつづけることで、許されるのか。
 罪は消えるのかということだ。

 人は正しく生きようとしても、過ちを犯してしまうことはある。
 それが、国家や社会が正しいと言ったことだとしても、個人として「誤りだった」と思ったとき、苦しみが始まる。

 その苦しみとどう向き合い、どう折り合いをつけて、自分を許していけるのか、そういうことが心の底にあって、私に語りかけてくる。
 罪の意識と懺悔の集合体が、早くその浄化を願っている。
 折に触れて、それが語りかけてきて、それは怨念にも似て、なんとかしなければ、私は人生をまっとうできないとふと思う。
 だから、呪われている気がする。
 もし、それが浄化できたら、私も解放された気分で生きていけると思うのだが。