NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

8月26日(日)開き直りは大事かもしれない

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 よく「休みに何をしているかが、謎」と言われる。
 たしかに、結婚もしておらず、子供もいない30代半ばの女性が休暇に何をしているのかは、謎かもしれない。
 一言言ってやればいいのだが、なんというかどうなのだろう。
 独立するために、小説書いてます、とでも言えば、その場が凍りつくような気がする。
 とくに、職場の飲み会で、相手が上司ならば。
 でも、この他人からみて「何をしているかわかられてない」感は、めんどくさくも寂しくもある。
 とはいえ、転職前提では、一生この上司とつきあうわけではない、波風立てずに「適度にあしらえばよいのでは」と思っている私もいる。
 つまり、どっちつかずでありつつ、寂しさが上回っている状態だ。

 わかってもらいたい。
 でも、わかってもらうことはそう簡単ではない。
 とくに職場を抜けようと思っている限りは。

 そういうわけで、私は好きでもない職場の上司にさえ、どこかで「理解しあいたい」と欲張りにも思い、煮え切らない。
 
 昨日、ふと思いついた。
「もう、理解されようとするのは、やめよう」と。

 もともと、私は空気を読むのがめんどくさいタイプで、仕事で組織に関わることであれば、空気を読み切ることに全身全霊を注がなければ、と、肝に銘じているのだが、そうでないときは、基本、わがままに振る舞っている。
 プライベートでも職場でも前世はお姫様か、女王だったのかと反省するぐらい、自分の「快」の状態にこだわるし、ある意味極端から極端にふるまいが移動している。

 なぜかと言えば、基本仕様がわがままだが、それを社会的に生き延びるためになんとか他人軸にカスタマイズしている歪みがあるからだ。
 そういうわけで、心のどこかで、私は自分のことを「手の着けられないわがままでオーダーが多い女王」と思っているので、それを抑制するもう一人の良識人が人格分裂的に存在するようになったようだ。
 その良識人が、組織で生きるために、「理解されようと」高確率で現れる。
 でも、繰り返しになるが、私の基本仕様はわがままな女王で、かつ自由気ままな風のような奴なのだ。
 だから、「いい子」になりきれない。
 他人から見ると、「謎」になるのも無理はない。
 
 でも、そろそろこの人格分裂も、疲れてきたというのが本音だ。
 もう、長いことこのカモフラをしてきて、でも、もうこのバランスをとることに嫌気がさしてきている。
 
 理解などされなくていい。
 そういう境地になっている。
 
 もともと、私がやりたいことは、おもしろい話を書いて、人を笑わせたり、勇気を与えたりすることだ。
 フィクションを創造して、人を楽しませることを仕事にしようとしている。
 だから、私自身が理解されなくても、それはもういいことなのではなないかと思えてきた。
 
 私は組織で働くことを決断したけれど、組織になじむことは、本来誰であっても難しい。
 他人に理解されることは、もっと困難なことだ。
 だから、私はもう無理に「人に理解されようと」することはやめる。
 これは、私のタイミングだ。
 
 今いる場所では、どんなに多重人格で対応しようとしても、気持ちよくなれない。
 もう長いことがんばってきたのだから、もうそういう無理をやめてもいいと、思う。
 いい子を辞めることで、もっと自分らしくふるまうことに勇気を持とうと思う。
 きっと、どこかにいるべき場所が見つかるんじゃないかと思う。