NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

8月26日(日)マシン上のサバンナ

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 ランニングマシンの上は退屈だ。
 一度、マシンに乗ったら90分は下りない。
 目の前にテレビがあるが、ネトフリもユーネクストもヨウツベも入っていない、地上波のテレビなどみるに値しない。
 しかし、携帯の類はジム内は持ち込み禁止なので、どうすることもできない。
 というわけで、私はしかたなく旅行のパンフレットを持ち込んで、マシンに乗っている間、それをめくっている。
 時速5キロで、ちょっと競歩の手前ぐらいで、90分間。
 ただ、ひたすら歩く。

 いつかは行くチベットやアフリカやバルカン半島やアマゾン奥地のために、体力を地味につけるためだけに。
 もしかしたら、ウェディングドレスを着るかもしれないし、高齢出産をするかもしれない未来にむけて。

 とはいえ、90分は長い。
 長いし、ちょっと考えても長すぎるし、深く考えてもやっぱり長い。
 
 しかし周囲に30台はあるランマシーンは、つねに超混雑しており、そのマシン上の人々の中でテレビを見ていない人はおらず、だとしても私は「メレンゲの気持ち」をみる気にはならない。
 私はただ、歩き続ける。

 ときどき、例のランナーズハイのような無心で晴れ晴れした瞬間がやってくるが、1分もしないうちに、去っていく。
 
 また、退屈な時間がやってくる。

 ひたすら歩くことに、ほとほとあきれて、仕方なく私は旅行会社のパンフレットをめくりだす。
 ヒマラヤをハイキングするという値段も標高も距離も信じられない数字を叩き出しているページに目が釘付けになり、マシンから落ちそうになる。

 慌てて、ページを閉じる。

 BCがヒマラヤ山脈を登山する人たちにとって、「ベースキャンプ」と読むということが頭にインストールされるころには、首を左右にふり、ため息まじりに、もっとゆるいコースを探すようになる。

 先日足を運んだインドの奥地のラダックで5000メートルで座り込んで一歩も歩けなくなった身だ。トラウマもいいところで、7000メートルの標高を見ただけで、めまいと吐き気におそわれそうになる。

 後悔がはじまる。
 なぜ、こんな「世界の山旅」という秘境をこえて異境のパンフをよりよって持ってきてしまったのか。


 ヒマラヤはもう、神の域だ。
 凡人の踏み入って許される場所ではない。。

 私はため息をついて、ページをめくる。
 いい感じのが出てきた。

 アフリカ南部。
 ナミビアナミブ砂漠
 パンフレットには、見開きの片側A4の上半分を使った広大な砂漠の景色が広がっている。
 黄土色の砂丘が、地平線までつづき、直立する砂漠の足下には平原が連なっている。
 私は目を閉じた。
 
 つい先日足を運んだ、ラダックの荒涼としつつも、すがすがしい大気を思い出す。
 心をナミブ砂漠に飛ばす。
 大気の温度、湿気。におい。
 太陽の強さ。砂の舞い上がる速度。風。
 今、私が立っているのはアフリカの最果ての砂漠であり、間違っても人間ハムスターのたむろする北関東の場末のジムではない。
 
 目をとじたまま、まぶたにさきほどの写真を焼き付けて、心をナミブに飛ばす。
 深呼吸をする。

 いつか、ナミブ砂漠に降り立ったとき、私は今日この瞬間のことを思い出すだろう。

 そう思い、目をあけると、目の前に自分をうっすらと写す電源の落ちた液晶テレビの画面があり、私は人間ハムスターの一部となってひたすらマシン上を歩いていたことにはっとする。
 
 そこは、ナミブではなかった。

 ため息をついて、また、ひたすら歩くことになる。

 しばらくぼんやりと歩いていると、私の左側のマシンに若い男性が乗ってきた。
 彼は二十代半ばから後半くらいで、少し歩くと、時速八キロから十キロぐらいで猛烈に走りだした。
 けっこう長い。
 「メレンゲの気持ち」を見ているが、それでもスピードはあがっている。
 軽やかな足取りにい余裕が感じられる。
 私もつられて、スピードボタンを押しそうになるが、慌てて自粛する。
 私が走りだすのは、1ヶ月後だ。
 筋肉がついて、走りたくてたまらないという状態までじらしてから、ランニングに移るのだ。

 私は目をとじて、またナミブの砂漠を想像した。
 しかし、左となりで軽快に走る音が耳に響いて、自分が今、サバンナを走っているような気がしてくる。
 そう、サバンナを走っているというのもいい。
 たとえば、ライオンを従えて。
 
 ふいに、まぶたの裏にサバンナが広がった。
 短い草の広がる草原に、低木の木々が見える。
 地平線までひろがる広大なステップに風が舞う。
 私の隣には若々しいライオンが颯爽と風を切って従っている。
 たてがみはまだ短く、雄々しくも若い獅子だ。
 
 ああ、こんなライオンとだったら、地平線までつづく耐久サバンナも悪くない。
 
 足取りが軽くなる。
 私はそのライオンとステップを駆け抜けた。

 20分ほどが経過し、その妄想は突如とぎれた。
 
 若いライオン役の彼が颯爽とマシンを下りてしまったのだ。
 マシンのタイマーはまだあと三十分も残っているというのに。
 私はまた退屈で死にそうな思いでマシンの上を歩き続けた。

 五分ほど経ったころ、今度は右隣のマシーンに壮年のおっさんが乗ってきた。
 角刈りにするどい目つきの50代ぐらいのそのおっさんは、背は高くないが、筋肉質。
 やくざか丸暴の刑事のように、鋭すぎる目と猫科の大型獣を連想させる前のめりの姿勢が気質とは一線を画している。
 おっさんの目は温厚さとはほど遠く、人も片手では数え切れないぐらいヤッてるだろう。
 プロだ。
 だが、この手のタイプは女こどもにはめちぇめちゃやさしいはずだ。
 と、私はかってな解釈を加えて、サバンナにもどる。
 このおっさんは、ライオンにたとえると、中堅以上、大将クラスにふさわしい。
 おっさんは周囲に向かって落ち着いたベテランのオーラを惜しげもなく放っている。
 
 大将クラスのライオンとのサバンナハイキングの始まりだ。
 これはこれで、また若手ライオンとは違った魅力がある。
 おっさんとの平行したランマシンの時間。
 それは、ひとことで言えば安定感だ。
 危険なサバンナも彼一人が私の周囲360度の殺気を感知してくれ、私は歩くことに徹することができる。
 言ってみれば、完璧な護衛と歩いているような感じだ。
 私ははまるでお姫様だ。

 若手のライオンは友人兼護衛のような感じ。
 おっさんライオンは安心感の安定感がある。

 耐久サバンナオーク。
 意外なほど、楽しい時間になった。
 
 90分が終わると、私は汗を拭いて、マシンを下りた。
 旅行会社のパンフレットをみる。
 次は、シルクロード企画を持ってこようと心に誓う。
 キャラバンの隊長のようなタイプや求道法師のような人間が横に並ぶことを期待して。