NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

7月19日(木)それは誰に聞いてもわからない

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(今回も、結婚のお話です。。というかパートナーのお話です笑)

(生まれてから一度もこうい吹き出しの中の映像を夢見たことがありません笑)

(あるのは、部屋で原稿を書いている自分だけ(笑))

 

 ほんとにそう思う。

 一般論が自分に当てはまるとは限らないし、その「限らない」ことの見極めが、

 わりと堂々とできるようになる年齢、

 それが三十代半ば(過ぎ笑)なのではないだろうか。

 

 つまり、この日本というもっとも世間体の波風が強く、

 「こうあるべき」のドレスコードがきつめの国において、

 「普通」「みなが言っていること」に寄せていこうとするのは、ある意味間違いではない気もする。

 でも、それなりに人生を歩いてきて、

 なんだかんだ常に自分の感情の「快」をファイナルアンサーのより所と

 してきた自分としては、やっぱり「人のいうこと」よりも、

 自分の「快楽の神様」の言うことを優先してしまう。

 たとえ、それが、先人の語り継がれてきたほぼ「真理」と逆行していたとしても。

 いや、言ってしまおう。

 人生の選択において、真理など、当てにならない。結果として目指すべき場所が真理だとしても、その手段はバリエに富んでいていいはずだ。

 と、すみません。今回まじでなにを言ってるのかわからないと思うのですが、テーマは人生の伴侶です(はじめからそう言え)

 

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 女子力アップCafe Googirlより

(いや、ぜんぜんそう思えませんが笑)

 

 

 これこそ、人に語るべきものでもないし、

 人がなんと言おうと自分の選択に自信を持ち、その選択の責任は人生を通して全うしていくものだと思う。

 思うんだけれども、なんだかパートナーに求める要素としてそれがあっているのかなあと不安に思い、これを書いている。

 

 ずばり、人生の伴侶は自分の味方になって、応援してくれる人だと私は確信している。

 それは、私が人生に対して「快」を求めるタイプの人間だからだ。

 こう言うと「快楽殺人者」みたいに聞こえるが

事実、快楽をむさぼるあまり、周囲に地雷を巻いているという黒い噂もある)

 私は人は快楽を正しく追求する覚悟と努力ができる人間は、本質的に他者に対しても「快」を提供できる人間だと思っている。

 中途半端に「快」に逃げている人間が、仕事をしなかったり、ゆるすぎてぐだぐだになりがちになるのに比べて、本気で自分の「快」を追求すると、それは意外にも「ストイック」という概念に変貌する。

 で、そのストイックな「快」の追求が、他者に向いている場合は、それが新しいサービスを提供するビジネスになったりする。

 

 話が脱線しすぎた。

 

 で、つまり、

 私もそこまでとは言わないけれど己の「快」を周囲に不安を

 及ぼすほど追求するタイプなので、

 パートナーに求めるものは、「味方になってくれる」タイプなのではないかと思っている。

 問題は、この「味方」の具体的な方向性だ。

 

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(ん?(笑)これ、イケメンか?)

 

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(どれでもない(笑))

 

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(体形別とか知らないっすよ。私はマーメイドしか着ませんが)

 

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(全員タイプです!!!!!!!!)

 

 

 味方には、いろいろなタイプがあって、どんな応援をしてくれるかが重要だ。

 最終的には味方なのだから、そこを信頼できれば、その表現の仕方はいろいろあっていいのだが、私が迷っているのは、それが「ゆるく肯定的」にでるか、「冷徹に反抗的」にでるか、なのだ。

 ほんとうは、その中間があってしかるべき(笑)なのだが、

 今現在、そういう適当な人材が私のパートナーとなるべき人にいなくて、

 なんというかわからなくなっている。

 つまり、「ゆるく肯定的」というのは、「ななえの好きなようにしていいよ~」もしくは、「よくわからないけど、やってみたらいいよ~」と

 、私としては、「よくわからないから放置・肯定」みたいになっているタイプか、

 まったくそれとは逆に「今更、俺にそれを聞くのかよ? はじめから答えはでてるだろ。いいか、あのなあ」とあきれ気味に、しかしながら私のやるべきことに賛成してるタイプだ。

 結局、悩んでいることを掘り下げることができるタイプは、

 後者の冷徹なタイプなのだが、私としては、「なにもそんな意地悪な言い方しなくても」となる。

 でも、「好きなことすればいいよ~」という、なにがなんだがいい加減な気もして、けんかにもならない優しい感じもどうかと思う。

 そういうわけで、私は結局、議論を深められるタイプの人間がまだましだという結論になっているのだが、でも結論がでているのならこんなところにこんな恥ずかしいたわごとは書かない(笑)

 

 つまり、悩んでいる。

 それは、悩み続けるしかない類のものだと思うのだけれど、悩む時間にはそれほど猶予がない。

 

 そういうわけで、本日の問題提起は「パートナーは議論が深められる(別名ディベート可な)人間を選ぶべきか」

 

 ちょっと前の作品になるが、「華竜の宮」という名作SFがあり、この作品の主人公の外交官は支援型AIと一緒に職務をこなす。

 このAIは脳内対話だけでなく、アンドロイドにもアクセスできて、その対話レベルはほぼ人間の知能と変わらない。

 外交官である主人公の思考を補完するのが目的であるため、常に主人公とは逆の思考をする。そして、逆の方向性に発達する。

 つまり、主人公がイエスといえばノーとは言わないまでも反対意見を提出する方向で思考をし、議論に持って行く。

 これは、主人公の持つAIが外交官という対人間、国家、コミュニティを対象とした折衝を職務とするからであり、それを支えるという考え方からAIが「それいいね!」で主人公の意見をスルーすることが思考の深化にならないことを意味している。

 つまり、AIは最終的には主人公のサーバント(従僕)として機能するが、その方法論は反対意見を戦わせる議論という形をとる。

 

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 この議論は、ビジネスパートナーとしては、最高だと思う。

 難しい決断をするときに、反対意見を出すことで、より議論が深まる。

 それは、思考の深化であり、多角的に意見を検討することで、より妥当な「解」が得られる可能性が高まる。

 

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(支援型AIで、なんでこの画像が出てくるんだ(笑)

 完全な試合モードじゃないか)

 

 で、まあ、ここまで言っておいてなんだが、

 そういう思考の深化うんぬんよりも、反対意見を出せるということ自体が自分と「対等、もしくはそれ以上に考えていてくれている」という安心感になるというのが本音だ。

 なんというか、つまりそういうことで、私はこういう性格で、うだうだ考えている人間なので、言ったことにたいして「いいね!」と言われると、「流してないですか」と、疑りたくなる。

 ただ、問題はこういう思考レベルの高い人間と常に一緒にいることは、苦痛にならないのか、とも思うのだ。

 退屈で放置される苦痛よりは「いいね!」となることを願って、この思考ループは閉じます笑

 

 ほんと、これは人に聞いてもわからない。

 はやく経験して結論を出すのが一番の「解」なことは間違いない。

 

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(いや~、そんなに見せられても、悩む……)

 

 

 

 

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(悩む~!!!!)

 

 

 

 

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(え?)

 

 

 

おわり。