NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

7月16日(月)環境が世界をつくる(ルーマニア マンホールチルドレン)

f:id:hagananae:20180716185007j:plain

(今回は、このルーマニア。ファンタジーのような美しい国で起きた悲劇について)

 

チャウシェスクの子どもたち】、という言葉がある。

 東欧ルーマニアがまだ共産主義国だった頃、独裁者になり果てた政治家ニコラエ・チャウシャスクが奨励した多産政策によって生まれた子どもたちの総称だ。

 私はてっきり、旧共産圏がやっていた天才児教育を受けた子どもたちのことだと思っていた。

 たぶん、浦沢直樹のマンガの読み過ぎだろう。

 

f:id:hagananae:20180716185111g:plain

ルーマニアの場所 バルカンよりの、東欧です)

 

f:id:hagananae:20180716185158j:plain

(こっちが例の浦沢マンガ)

 

 この子どもたちの別名は、マンホールチルドレン

 何の保証もないまま、親がたくさんの子ども達を養いきれずに捨てた結果、行き場を無くした彼らは寒さをしのぐために、地下の温水が通るパイプの下にねぐらを求めることになった。

 独裁者チャウシェスクフランス革命さながらその妻とともに銃弾を百発も浴びて処刑されたのが、1989年、12月のこと。

 すでに、ブルガリアハンガリーポーランド東ドイツなど多数の東欧国家がソビエトの衛星国から脱出する中、ルーマニアは革命後も、新政府の中枢がチャウシェスクの旧側近で占められたまま、名ばかりの革命を終えた。

 

f:id:hagananae:20180716185248j:plain

ルーマニアの独裁者チャウシェスク ウィキ的有名な写真)

 

 

 25年という四半世紀に及ぶ、長い期間を計画経済、独裁者による国家経営と続けてきたルーマニアにとって、数々の民主化政策、大企業の国営から民営化、そして自由主義経済への移行は、端的に言って国家全体をカオス状態に巻き込んだ。

 革命後の数ヶ月は二度にわたる暴動が置き、国民の生活は疲弊した。そんな中、多産政策によって生まれた子どもたちは、捨てられ、町にあふれた孤児たちは文字通り、孤児院へと回収される。

 百人をたった数人体制で監督するというこの劣悪な施設では不足する栄養の代わりに、血液が子ども達に注射され、使い回しされた注射からエイズに感染する子どもたちが続出。虐待も日常茶飯事で、そうした環境から脱走した子どもたちの逃げ込んだ場所が、マンホールだった。

 マンホールだ。

 

f:id:hagananae:20180716185353j:plain

(こちらすごく有名な首都ブカレストのマンホール生活者の写真です)

(中央にいる方が首領の通称ブルース・リー

(ストリート・ファイトで勝ち抜いた百戦錬磨の方だそうです)

 

 

 もっともこの話は有名で、十年以上前に日本人のルポライター早坂隆氏が日本に紹介してから、テレビでも放映され、ルーマニアマンホールチルドレンは有名になった。

 ちょうど、十年ほど前、同じく民主化を果たしたモンゴルの首都ウランバートルでも有名になったこの言葉だが、私が当時モンゴルを訪れた時には、彼らのような存在は見られなかった。

 

 

f:id:hagananae:20180716185553j:plain

(2003年発刊の早坂氏の著 衝撃的内容です)

 

 とにかくだ。

 このルポを読んで、衝撃を受けるのは、こんな状態で生活をしている人間がヨーロッパの国にいるということだ。

 ルーマニアは別名、ヨーロッパのインドという呼ばれている。

 ルーマニアチャウシェスク政権によって、国内の民主化の基盤になるノウハウがことごとく阻害され、政権が倒された後も、実質的に政権が非共産主義政権に成り代わるのに、9年もかかった。

 共産主義という資本主義の激烈な競争原理、搾取の根元にも思えるイデオロギーに対抗して生まれたイデオロギーは、残念ながらこちらも十分にモンスターだった。

 私はあまりこのイデオロギーに対する勉強をしていないので、わからないことだらけなのだが、なんというか、共産主義という平等を標榜するシステムは、なぜか強烈な独裁者を排出する。

 ほんと、誰かに教えて欲しいのだが、共産主義は、なぜ独裁者を生み出すのだろう。

 共産主義というシステムは長期戦の計画経済になるがゆえに、担当者の異動がないからだろうか。そうすると、たぶん、三年ぐらいで汚職に走るのは間違いないというのは感覚でわかる。

 けれど、それだけではすまない何かがある。

 

 

f:id:hagananae:20180716185707j:plain

(引き続き有名なブカレストのマンホール生活者の写真)

(雰囲気があの映画とそっくりじゃないですか)

 

 

 

 

 

f:id:hagananae:20180716185837j:plain

(あの映画:わかった人は私の映画ブログも読んで下さっている方でしょう)

 

 

 

 何が問題かというと、本当に一度、大きなシステムが人々の行動と思考を支配してしまうと、それが崩壊したときに、人々が本来当然、いきるためにすべき思考と戦い方をすっかり忘れているということだ。

 そのせいで、生まれてきた子どもたちは、誰の助けもないまま、というか、大人たち自体も自分たちが生きていくだけで必死で、余裕などなく、何の罪もない子どもたち、たぶん、きちんとした教育を受ければしっかりした希望をもった大人になるにちがいない人間を、ゆがませ、不幸にさせてしまう。

 それは、本当に悲しいことだ。

 

 人は、生まれる場所、時期を選べない。けれど、だからこそ身を寄せ合うようにして、マンホールの底で心と体の痛みを忘れるためにシンナーを吸い続ける人間を生み出してしまう社会とはなんなのだろう、と思う。

 共産主義は二十一世紀の人類の壮大な実験だったと、よく言われる。

 

 ルーマニア民主化後、経済的大混乱のなか、「失業」を経験し、チャウシェスク時代を懐かしむ声もあがっていたという。

 資本主義は万能ではないし、むしろ、ますますその牙を向くような勢いで世界中の持てる者と持たざる者と差は広がっている。

 しかし、資本主義は、結局まだ、共産主義よりまし、だということになる。

 こんなざっくりしたいい方はよくないことはわかっているけれど、私が思うのは、人が思考し、自ら戦う姿勢を取り上げて、何かに服従させるようなシステムは、悪だということだ。

 それは、人を育む環境として最悪で、結果としてその環境が絶えたあとも、新環境に適応しにくい人間をつくりあげてしまう。

 それは、弱者を助ける余裕のない社会であり、弱い人間を差別することで、本質的に自分たちのおろかさに気がつかない罪だ。

 どんな環境でも希望があれば、人は生きていける。

 

f:id:hagananae:20180716185942j:plain

ルーマニアの東欧らしい田舎の風景。本当は美しい国です)

 

 

 でも、希望をもてるのは、人が人から愛を受ける余裕がある社会であり、努力をすれば、環境を乗り越えることのできるチャンスのある環境が整っているからだろう。

 そうした環境を作っていかなければ、生まれた子ども達は不幸になってしまうし、それは何より悲しいことじゃないだろうか。

 どんな環境に生まれても、努力で幸せになることができる社会をいつでも未来の子ども達に残していく義務が大人にはあると思う。

 そのためになにができるのか、それは社会のあり方を考えることのような気がする。完璧な社会などありえないけれど、できるだけチャンスのある環境をつくることだと私は思うのだ。

 

f:id:hagananae:20180716190126j:plain

(首都ブカレスト:いつかルーマニア、東欧の国々は周遊したいなあと思います)