NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

6月16日(土)怪談についてあれこれ

 

 

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(今回のオチです笑 気になる方はラストまで飛ばし読んでスクロール推奨)

 

 

 月末にずっとファンだった怪談師の主催するイベントに参加するため、持ちネタ(といえるのか)の怪談の草稿をつくっている。

 しかし、やり始めるとどうにも気持ちがノラない。

 ノラないどころか、下降する。

 ディプレッションである。

 

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(鬱と書いて、ウツ。画数多すぎてウツる。。。)

 

 

 なんというか、イベント参加自体はノリではじめたのだが、よくよく考えてみると、怪談というのはあまり真摯に向き合うたぐいのモノではないと思いはじめた。

 はっきり言うと、私にとって怪談はエンタメでなければならず、「怖すぎて笑える」か「怖すぎて、悲しい」のどちらかの感情が壮大に引き起こされないかぎり、その大半は唾棄すべきほど退屈でオチも説明もないタワゴトにすぎない。

 そうした怪談に自前のネタ、それは実体験であったり、知り合いの持ちネタであったりするのだが、をエンタメに消化させようとすると、かなりの労力を消費する。

 それで、その労力自体は問題ではないのだけれど、怪談・ホラーというジャンルが求める暗く陰鬱な人間の業・悲しみ・絶望というものが、どうにもやりきれない。

 そもそも作家を志すものが人間の負の感情や性質を正視する気力もないのなら、そんなの死んじまえということになるのだが、なんというか「逃げたく」なる衝動を抑えられない。

 だったら、そんな怪談イベントに参加するなよ、という結論になるのだが、これこそ因果というしかない。

 

 

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(私はやっぱり、動機のあるテロリストが好きです。

 まあ、テロリストとして、復讐が動機、しかも痴話げんかが原因っていうのは

 スタートしては許されても、う~ん、って感じなんですけど、

 それも含めて水戸黄門的な? わかりやすくていいよねwって感じです)

 

 

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(小朝師匠存在がホラーというかホラーですけど、天才すぎてホラーという

のが極端に感じられて崇拝してしまうのがこちら、ボタン灯篭。

 役柄の演じ分けが天才的すぎて、いいですよ性格とか人格があれでも、、

 そういう人がいたっていいじゃないですか、、的な師匠のすばらしき話芸)

 

 

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(存在がホラーだって言ってるじゃないか。。)

 

 私は、笑えるほど怖い話が好きなのだ。

 荒唐無稽だけれど、死してなお人間がエネルギー体となって「承認」を求める姿に惹かれてしまうのだ。

 彼ら元人間が繰り広げる痛ましく、悲しい物語は、現人間である私の心を揺さぶる。

 揺さぶるのだが、一方で退屈でもある。

 その退屈さは、幽霊物語があまりにテンプレ化してしまい、むしろ肉体を無くした人間の悪行(現人間を驚かすとか、呪うとか、痛めつけるとか)というところだけをとるのでれば、ネットの中の集合知のようなもののほうが、ウキウキするというか。

 

 いや、いいわけはよそう。

 

 やはり、私が怪談を掘り下げられない理由は、覚悟がないからだ。

 怪談・ホラーは幽霊の話にとどまらず、人間の業が人間の善を打ち負かす話であることが多い。その負の側面と向き合うだけの愛と書いてラブと読む的なエネルギーが私の中で足りてないのだ。

 だから、人形にとりつかれた男の話やら、音声ファイルから流れてきた真言で裏人格が登場してしまった人間の話や、生き霊にとりつかれて除霊をしたら、二人の死者がでたというような暗く陰惨な話に耐えられないのかもしれない。

 私としては、怖すぎて楽しい怪談をこれまで提供してくれたその怪談師様に少しでも恩返しができれば十分というその程度の心づもりでいるのだが、どうにも怪談というジャンルはとうの昔に私の頭上を飛去っていってしまったような気配がある。

 それとも、私が怪談というジャンルを追い越してしまったのか。

 

 いずれにせよ、私のゴーストが囁くのだ。なんか、違うと。