NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

4月22日(日)私の愛の取り扱いかた

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(愛と言ってしまえば、愛だけど、ただ単に人が放つエネルギーだと思うのです)

 

 

 同じことを違う人から、別々のタイミングで言われたことがある。

 あなたは、彼よりも愛のエネルギーが深くて大きいから、彼はあなたの愛に応えられない。

 あなたの愛は深くて大きいから、あなた自身が飲み込まれないように、愛の取り扱い方を学ばなくてはならない。

 

 

 愛はエネルギーだと思う。

 

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(エネルギーの数式ねw 意味はもちろん、わからないわよ。超絶文系だからw)

 

 

 愛と言ってしまえばくくられてしまうけれど、とどのつまり、物事を変えていく大本というか、あるべき姿を持続させようとするものというか、とにかく虚無に抵抗するエネルギーだと、私は思う。

 

 

 若い時の恋愛は失敗の連続だった。

 振り返ってみれば、愛の返却を求めてはならない異性ばかりを好きになっていたから恋愛がうまく行くはずもなかった。

それを悔やんだこともある。しかし、そういう異性を好きになるのはしかたのないことだとも思っていた。

 

 私のする恋愛は報われない。

 そう思ったとき、私はエネルギーを分割することにした。

 

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(よくこんな色気のない画像持ってきたな。。(笑)

 

 

 愛の供給先を異性ではなく、自分に向けたのだ。自分自身がやりたいこと、やるべきこと、つまり、仕事だ。

 仕事に没頭すると、自分に愛を返却してくれない異性には敏感になる。

 仕事に注いでいる分、エネルギーが半分以下になってもうまく行く関係だけが残っていく。

 とはいえ、私の愛の向かう先は、またしても異性から仕事に移っただけで一本化されてしまっていた。

 本来そこに注ぐべき力以上のものを注ぐとき、全体としてのバランスが崩れる。

 今度もまた同じ失敗を繰り返した。

 当たり前だが、仕事は愛を返却はしてくれない。成果だけを返却する。

 またしても、愛の回収に失敗をしてしまった。

 

 そんな失敗の連続の果て、ここ二年ほど考えていたのは、愛の分割だ。

 愛を仕事と家庭と趣味の三つに振り分ける。

 こんな単純なこと、なぜ今になって気がつかなければならないのか。

 おそらく、それほど私の愛もといエネルギーは単純でかつ変に膨大なのかもしれない。

 そういうわけで、私は今、愛が振り分けられるものというプランの元、意識的に自分の愛の供給量を限定的にしている。

 愛を放出しすぎると、バランスが崩れる。

 それは、ときに相手の依存をまねき、相手を堕落させ、その結果、相手は私をうらむようになる。

 

 

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(愛が深すぎて、私もよく飼い猫Sにやる仕打ち。。もふもふ気持ちいい~w(笑))

 

 

 本来、愛は恐ろしいものなのだ。

 それは、単純に言ってしまえば生物が放つ虚無に対する抵抗の力であり、それは本来よくも悪くもない。

 その取り扱いに注意しなければ、愛は本人さえも飲み込んでしまう。

 優しく包み込めるような愛に原石である愛を磨いていくのは思ったよりも難しく、その取扱いは厳重にしなければならない。とくに、私の場合。