NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

4月21日(土)才能に対する自覚と責任(透視能力は人を凍死させる?)

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(今回は、透視能力のお話。。暗いです笑)

 

 

 よい占い師の定義はよい教師と共通している。

 どちらも、何を相手に言うべきか、どう言えば相手の現状を改善に向かわせられるかに細心の注意を払う。

 なぜ細心の注意を払うのか。

 それは、占い師にとっても教師にとっても、言葉を差しだす相手が自分よりも知識と情報量において弱い立場にあるからだ。

 教師も生徒も助言によって相手の人生をよりよいものにするのが使命であるならば、自分の言動が相手にどう作用するのか、考えすぎるということはないと思う。

 

 私の知り合いの知り合いによく登場するある女性がいる。

 その女性は話にきくところによると透視能力があるらしい。

 他人の背後にふいに映像が見え、それがその人の過去であったり、未来であったりするという。

 彼女の発言はとりとめがなく、ただの情報の断片でしかないという。

 それは例えば、

 「最近重いものを持っていてそのまま転んだことがない? 腰のあたりに痛みがあるはず」というようなものから「考えなしに大金を支払ってなにか契約しなかった?」というものまで、基本的には注意喚起を促すものらしい。

 そしてその暗い忠告や予告というものは不幸なことによく当たる。

 しかし、これが重要な点だが、彼女はプロの占い師でもなければ、古くは拝み屋などといわれた霊媒師でもない。

 つまり、他人に助言をするということに対して訓練を受けたわけでもなければ、資格を持っているわけでもない。

 ただ、その場で「見えてしまった」ことを、脈絡なく、唐突に発言しているだけなのだ。

 これは言われた側にとっては、不幸な心理的事故のようなものだ。

 平たく言うと、彼女の発言は他人に話さなくてもいいような内容を見透かしているのであり、また言われたほうも言われる準備ができておらず、頼んでもいないことを指摘されるわけで、双方不幸な結果になることは目に見えている。

 

 そこで、透視能力と書いて、嫌われる能力、と読むのではと思えてくる。

 本来、口に出して人が言わないことというのは、人に言うべきでないか、言えないかのどちらかなのだ。

 それを自動的に知ってしまう能力は、相手を傷つけてしまう諸刃のナイフであり、それを相手が望んでいないのに見てしまったことはある意味罪である気がする。

 その罪の自覚もないまま、能力を見せてしまうことは、周囲の人間が彼女を避けるようになる十分な理由であり、彼女自身も不幸にしている気がする。

 それは、彼女が与えられた能力にとってとても残念で悲しいことだ。

 見えないものを見る能力は本来は、人を救えるはずの才能だ。

 しかし、その能力に与えられた暗い側面に気がつき、力の使い方をマスターしないうちは、本人ばかりでなく周囲も不幸にすると思う。

 能力とはすべて諸刃の剣だ。

 与えらえた才能や能力に対する覚悟と責任に気がつかないうちは、人は救えないし、

自分もまた救われないと思うのである。