NANA★LAND

ぐだぐだ日記としか、、、

4月20日(土)友だちについて

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(今回のお題は、突然にして「友だち」、、)

(10年ぐらい前の友だちの結婚式の様子。私は右から二番目。。やばい)

(全員、高校の同級生です)

 

 

 去年の10月からブログを停止していたわけで、その間なにをやっていたかと言うと、それがぜんぜん思い出せないんですね。

 去るものは日々に疎しというか、光陰矢の如しというか、日進月歩というか、もう本当に色々あったのでしょうが、思い出せません笑

 でもなんというか、このところ思うところがあり、考えがまとまらなすぎるので、思い切ってブログにしてみようかと思い、再開してみました。

 

 で、今回のお題が、「友達」です。

 

 

 いや、友達ってそれほど重要視していなかったのですが、この年(36)になって、友達ってすごく重要だなあと思うようになりました。

 私は孤独が好きなのと、人に媚びを売るのが面倒なので、よらば大樹の陰ということもなく、意識的に誰かと仲良くしようとは思ってこなかった面があります。

 なので、どちらかというと友達とつるむという感じもそれほどなくこの年まで来てしまったのですが、それだからこそ、友達は作るものではなく、「友達になっちゃうもの」なのだな、と思うようになりました。

 

 これって当たり前かもしれないのですが、馬があうというか、

 一緒に話をしていると盛り上がって「このまま飲みにでも行きますか!」

 てなことになる。

 そういう人が友達になるということなんだろうな、と思います。

 そして、そのつながりが今、とても大事で、友達というものの存在はおそらく家族と同等ぐらいの比重でもって大事になっていくのだろうなと思うに至りました。

 

 

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(去年の職場の飲み会写真 私、中央でオリーブの冠被ってる人。。やばい)

(なんで、こんな写真しかないんだ!!(笑))

 

 

 具体的に言うと、友達というのは高名な作家が言っているように皿洗いの皿のようなもので、次から次へと移り変わっていくものだとは思います。

 長い人生の課程で価値観が移り変わるとともに、友達の質も変わることをこの皿洗いの文句は端的に表してるわけです。

 

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(はい、有名な作家キング)(大好きキング)

(有名すぎるので、知らない人は検索してくださいねw)

 

 で、私の場合、今まで洗っていた皿が洗い上がり、次の皿に移動した、その過渡期が今なのです。

 まあ、いまいる世界というか現場で私の価値観と共鳴する人がいなくなってしまったということなんでしょうね。

 実際はそうではなくて、話せばわかる友人もいるはずなんですが、

 なんというか今、ここで長く生きている私が「こんなはずじゃないんだ」と説明する手間さえ、めんどくさくなり、ストレスであるから、違う世界の友達を求め、そして運良く得られたということなんだろうと思います。

 

 今は、やっと落ち着いて旧世界の友達も、本当に大事なんだと思える段階に来ていますが、それでも「今までの友達」を厳選してつきあうことになるのだろうな、と思います。

 新しい世界の友人達とのつきあいに魅力を感じてしまえば、旧世界は急激に古くさく感じられるものです。

 そういう過渡期の中で、私はつきあうべき友人の質を改めて考えてみたり、すばらしい友人がいることに幸せと優越感を感じたりするなかで、友人というのは、つくるものではなく、できちゃうものなのだなと思うわけです。

 ただし、新しい世界の友人というのは、古い世界との決別が根っこにあります。今、私はそういう場所にいて、この年になり、友人になってしまった人を大事にして、これからもそうした友人達のお眼鏡似かなうような生き方をしていきたいな、と思うのです。