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ぐだぐだ日記としか、、、

10月5日(木)恋のタイプは遺伝子に刻まれている

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(恋映画 リアリティバイツ:恋人は親友 こういう恋がしたい)

 

【好きなタイプは変わらない】

 一般的には好きになる異性のタイプは年齢とともに変わる、と言うけれど、私はそうは思わない。

 やっぱり、本能的に惹かれるタイプは遺伝子に刻まれていると思う。

 一般的に女性が好きになる男性は、10代、20代、30代、と【変わっていく】と言われているけれど、それは恋愛対象であるか、結婚対象であるか、それともその両方を伴うものなのか、というロックオンの仕方なのではないかと思う。

 私の場合は、20代の頃生活が成り立たない男性を好きになる傾向があり、30代に突入してからもそういう情けない男性を好きになってしまったため、結婚に進むことはできなかった。

 すごく好きな相手だったので、失恋してからは、「生活が安定している人」を好きになろうとしたけれど、これがまったく自分には「合わない」人で、それに我慢することができなかった。

 今でもなんとなく自分の好きなタイプの男性に「生活力がない」が自動挿入されている気がして、ぞっとするけれど、一時期は20代の失恋がトラウマになって、わざとタイプではない男性を好きになろうとしていた。

 この手のタイプてはない人々は、タイプではないとシンプルにくくったところで、上は「生理的嫌悪」で中間は「居酒屋の隣の席で社交辞令程度に話がはずむ」ぐらいで、下は「遊びでならディープキスできる」までぐだぐだなほど幅がある。

 こうした基本的にどうでもいい異性と恋愛、結婚と進むのは、非常に精神的苦痛とともに程度の差はあれ肉体的な苦痛もともなうはずで、どだい無理な話だ。

 それで、思ったのは、恋愛のタイプというか、もうこの際はっきり言ってしまうと性的対象というのは、年齢に関係なく決まっているのではないかという話だ

 何をいまさらというつっこみもかなりあると思うけれど、たぶんこれが事実なのだと思う。

 なら、どんなタイプがお前はすきなのか、と言われると、私の場合はとにかく「声」なのだ。

 

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(私の好きな声優:山路和弘さん とにかくなんでも出てるので、大御所様です)

(声の奥底に色気があって、デフォルトが悪役なので、善人やると悶え死ぬ)

 

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(好きな声優さん:藤原啓治さん 山路さんより声のタイプは優しくて親しみやすい色気笑)

(藤原さんの声が素敵すぎて、当時声優業をしていた彼と喧嘩になりかけたという笑)

 

 声優ファンでも音楽ファンでもないのだけれど、とにかくあるタイプの声に理性がふっとぶくらいの魅力を感じてしまう。

 変な例をあげると、職場で内線電話をしていて、電話線の向こう側の声に惚れて萌える。

 うちの組織は200人ちょいなのだが、その中で男性が半数だとして、100人。

 たった、一人だけ私好みの声をした上司がいて、その上司から電話がかかってくると、(たいがい私の出した書類が間違っていて、訂正印を持ってこいという督促)悶え死ぬ。上司が電話をかけてくるときはきまって、スムーズにいかない書類の訂正、修正であり、その場で「ななえは死にましたけど」と他人のふりをしたいくらいなのだが、上司の声があまりにしぶくていぶし銀のため、声聞きたさに、切ることができない。

 

 話は変わるが、声が似ていると、骨格まで似ているということがよくある。親子や兄弟姉妹の声が似ているのも、骨格が遺伝しているからだが、赤の他人でも声が似ていると顔立ちがよく似ているということもよくあるらしい。

 これは、たしかに理にかなっている。

 実は、私自身認めたくないのだが、20代の時に恋をした男性というのが二人いるのだが、まったくの赤の他人だが、顔も声もよく似ているのだ。

 

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(私の本能的男性のタイプの原型はリバーフェニックスだと思われます)

 

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(本能的タイプ2 :シャイロ・フェルナンデス)

死霊のはらわた、ザ・イースト 一目ぼれするほど色気のある俳優です)

(シャイロ君もリバーが好きなようです。不思議なイッチですな)

 

 

 これは失恋をした相手のクローンをまた好きになるようなもので、自分としてもあまりの成長のなさにがっくりくる。

 がっくりくるのだが、このタイプにとことん弱いということもある。

 

 そういうわけで、ここ何年もそうした本能的な恋をしていないのだけれど、そういう人に遭ってしまうと、まさに本能のタガが外れてしまうので自分がどうなってしまうのか、自分でもこわい部分はある。

 遺伝子に刻まれた萌えタイプに出会えば、私は否応なく恋に落ちてしまうし、不思議なことにそうした相手も私に落ちてくれる

 

 つまり、ここ数年は私は誰にも落ちてないし、誰も私に落ちてこない。

 落ちない人生は平穏で、萌え以外にゆるく生ぬるい理性的な「恋」をする期間であり、私はそういう時期も嫌いではない。

 むしろ、失楽園ような恋をしないときのほうが、自分でいられる気がするものだ。

 

 しかし、失敗しても地獄に落ちても、恋をすることはその地獄の何倍も

 生きていてよかったという実感が味わえる。

 恋をしている人たち、うらやましいのである。